تسجيل الدخول藤木里桜・二十五歳。彼女は輸入食品を扱う会社の社長令嬢だったが、会社の経営悪化で多額の借金を抱えてしまった父親を救うため、借金を肩代わりしてくれた大企業の御曹司と愛のない結婚をさせられた。 自分を家の中に閉じ込めたがる夫・正樹との息のつまりそうな毎日に、里桜はウンザリしていた。 そんな里桜はある日、パートの帰りに大学時代の恋人・大沢大智とばったり再会。彼のことが今も忘れられない里桜は、彼が起業したITベンチャー企業の仕事を手伝うことに。 大智と過ごす新しい日々の中で、里桜は生活に潤いを取り戻していくが、正樹が出張中のある日の夜、里桜は「いけないことだ」と分かっていながら大智と一線を越えてしまい……。
عرض المزيد ――あたし・
まだ結婚して二ヶ月だというのに、新婚らしい幸せとはほど遠いくらい息苦しい毎日。
夫はあたしに興味がない。そのくせ、やたら
外で働くことにすら、いちいち許可がいる。「妻は家に閉じ込められて、
そして、あたしは夫に愛されていない。あたしも夫を愛していない。でも、この家を飛び出すこともできず、夫に逆らうこともできない。
まさに〝
あたしがなぜ、こんな〝愛のない結婚生活〟を送ることになったのか。それは、今から半年前に
* * * *
――この悲劇は、ある日突然あたしの身に降りかかってきた。
「ええっ!? 借金が一億円!? どういうこと、お父さん!」
あたしの父親は輸入食品を扱う小さな会社を経営していたのだけれど、ある時多額の不渡りを出して一億円にものぼる借金をかかえてしまったらしい。
「そんなに大きな金額、どうやって返すの!? 会社の経営もうまくいってないんでしょ? あたしのお給料じゃとても――」
「いや、そこは問題ない。もう借金問題は解決した」
「……えっ? 解決したって……どうやって?」
あたしが戸惑っていると、母が横から口を挟んだ。
「藤木グループの会長が、ウチの会社と
「そんなうまい話、あるわけ……」
藤木会長のことはあたしもよく知っていた。
でも、いくらそんなに太っ腹な人でも一億なんて大きな借金を何の条件もなしに肩代わりしてくれたとは思えなかった。
「その代わり、先方が条件を出してきたんだ」
「条件……?」
……ああ、やっぱり。うまい話には必ずウラがある。なんだかイヤな予感がした。
「里桜、お前をご子息の
「ちょっと待って! それって……政略結婚ってこと?」
あたしは父の言葉に
政略結婚どころじゃない。これじゃまるで身売りだ。家のために、よく知りもしない相手と結婚するなんて、あたしにとっては罰ゲームもいいところだった。
「……ねえ、お父さん。もしあたしがその話を断ったらどうなるの?」
この結婚話に拒否権がないということは、あたしも頭では理解できていた。でも、もし回避できる可能性が
「借金肩代わりの件は、白紙に戻るだろうな」
「えーーーーっ!? そんなぁ……」
……つまり、回避は不可能ということだった。家を救いたければ、あたしはその
「……そうだ。この子の名前、考えてやらねえとな」「名前ならもう決めてあるよ。自由の〝由〟に〝羽〟で〝由羽〟」「由羽?」「うん。この子にはあたし以上に、自分の人生を自由に羽ばたいていってほしいから、その願いを込めたの」 間違ってもあたしみたいに、好きになった人の手を離さないように。周りの環境に振り回されないように、自由な人生を歩んでいってほしい。 子供の名前は、親がいちばん最初に贈るプレゼントだ。あたしがこの子に贈りたいのはその願いだけ。「……うん、いい名前じゃん。里桜とおんなじくらい、いい名前」 よかった、大智も気に入ってくれたみたいだ。あたしの名前を決めた時の父も、きっとこんな気持ちだったんだろうな。「でしょ? 由羽、ママですよー。これからよろしくね」「由羽、パパだぞー。生まれてきてくれてありがとな。――里桜、頑張って産んでくれてありがとう」「ううん。大智こそ、あたしに由羽を授けてくれて、あたしを幸せにしてくれてありがと。愛してるよ」「うん、オレも里桜のこと愛してる」 これからどんなことも三人で……ううん、まだ増えるかもしれないけれど、遠回りした分うんと幸せを積み重ねていこう。 だってあたしはもう、籠の中の鳥なんかじゃない。自由に羽ばたいていける。大好きな人の|
* * * * ――それから二ヶ月後。すでに大沢姓になり、お腹も大きくなって胎動が分かるようになってきたあたしに、思いがけないある朗報が舞い込んできた。 この頃、〈Oプランニング〉ではルナちゃんがリーダーとなって、新たな事業としてアプリを配信することになり、あたしもそれに携わっていたのだけれど。「…………ん!? 出版社からメール……、何だろ?」 オフィスで仕事中、あたしのスマホに届いたのは「あなたが投稿サイトに連載していた小説を、ぜひ当出版社で書籍化したい」という知らせだった。 趣味程度に投稿していたあのTL小説はすでに完結していて、さて次はどんなのを書こうかと構想を練っているところだった。「……ねえ大智、これ、あんたが何か関係してる?」 今日は社員たちのワークスペースで仕事をしていた夫(!)に、あたしは訊ねてみる。 あたしや〈田澤フーズ〉の経営権を取り戻していた両親にはそんな繋がりなんてあるわけがない。でも、顔の広い大智になら……。 でも、彼は「いや?」と首を横に振った。「オレにも出版社とのコネなんかねえよ。つうかオレじゃなくて、飯島さんじゃね?」「ああ~……、あり得る」 あたしと大智の大学の先輩である飯島弁護士は主に企業法務を担っていて、顧問を務めている企業も数多い。その中には出版社が含まれていても不思議じゃないかも。
「――里桜、元ダンナに言いたいこと全部言ってスッキリしたか?」 汐留のマンションに帰るクルマの中で、運転席の大智に訊ねられた助手席のあたしは「うん」と大きく頷いた。「今思えば、ウチの親子三人、何であんな人たちにヘコヘコ気を遣ってたんだろうって。ほんとバカみたい。あー、スッキリしたぁ!」 借金苦からも、藤木家との柵からも解放されて、あたしはやっと自由と本当の幸せを手に入れることができた。 これからは大智と、生まれてくるこの子と一緒に自分の人生を生きていけるのだ。「すぐには正式に籍を入れられるわけじゃないけど、とりあえずもう、あたしたちは〝夫婦〟ってことでいいよね? 大智」「ああ。……あ、そうだ。里桜、オレのバッグの中見てみ?」 ちょうど信号待ちに引っかかったタイミングで、大智はあたしが預かっている斜めがけバッグへ顎をしゃくった。「……? うん」 何が入っているのかと首を傾げながらファスナーを開け、中を探ってみると、ラッピングされた小さな箱が手に触れた。「大智……、これって」「里桜、二十六歳の誕生日おめでとう」「…………え、そっち?」 あたしは思いっきりツッコんでしまった。 確かに今日はあたしの二十六回目の誕生日だし、彼がちゃんとプレゼントを用意してくれていたのは嬉しい。嬉しい……けど、この箱の形状はどう考えたっ
* * * * ――翌日は朝食を済ませてから、あたしと大智は彼のクルマで赤坂のマンションへ行った。 「……う~ん、住んでた時は立派なマンションだと思ってたけど。いざ離れてみたら大したことなかったんだなぁ、ここって」 住人でなくなった今、訪問者の目で見た感想はそんなものだ。少し大きいだけでごくありふれたオートロック付きのマンション。それを立派だと思っていたのは、少なからず藤木家の権威を感じていたからかもしれない。「確かに、ウチのマンションとそんなに変わんねえよな。住み心地はどうよ、里桜?」「もちろん、今大智と一緒に暮らしてるあのマンションの方が断然いいよ。やっぱり、好きな人と一緒っていうのが強みかな。もちろん、間取り的にもそうなんだけどね」「だろうだろう。今オレの仕事部屋にしてるあの部屋もな、いずれは片付けてちゃんと使えるようにするつもりだから。将来的に子供部屋とか」 大智はあたしのお腹に目を遣りながら言う。〝子供部屋〟とかサラリと言えてしまうところに、あたしや生まれてくるこの子との将来を真剣に考えてくれているんだなぁと嬉しくなる。 ――持っていたカギでオートロックを抜け、最上階までエレベーターで上がり、ペントハウスにあたる元住まいのドアノブを回してみると。「……開いてる。あの人、いるみたい」「インターフォン、鳴らしてみるか?」「いいよもう。開いてるなら入っちゃおう?」 ただ置いてある荷物を引き取りに来ただけだし、別にコソコソする必要もない。堂々と上が
〈大智、ホントにファンだったんだね。すごく嬉しい♡ 「いいね」がいつも励みになってるよ。書いててモチベ上がるしね♪ これからも頑張って書くから、ずっとファンでいてね。〉 スタンプだけでもよかったけれど、返信もした。スタンプにも返信にもすぐに既読がついて、次のフキダシが出てきた。〈当たり前じゃん! オレはこれからもずっとお前のファンだし、いちばんの味方だよ。 じゃあまた明日、会社で会おうな! おやすみ〉 あたしは「おやすみなさい」という同じキャラのスタンプを送信して、スマホの電源を落とした。 隣のベッドからは、正樹さんの寝息が聞こえてくる。イビキをかくような人じゃないのでまだマ
* * * * ――今日は筆の進みがよく、夕方五時ごろから書き進めて一時間くらいで二千五百字も書けた。合間に夕食の下準備を挟んでも、だ。「……はぁ~~っ、書いた書いた! 疲れたぁ」 思いっきり伸びをしていると、玄関チャイムが鳴って正樹さんが「ただいま」と言いながら入ってきた。「あ、帰ってきた。おかえりなさい」 あたしも一応妻らしく、玄関まで出迎えにいく。さすがに三つ指ついて、まではしないけれど(そこまでしてやる筋合いもないし)。「里桜、ただいま。……お前、今日から仕事じゃなかったのか?」「家のことをやるために早めに帰って来たんです。言ったでしょう? ウチの職場はフレックス
* * * * ――就寝前、正樹さんがお風呂に入っている時に大智から電話がかかってきた。ちなみに、あたしは先に入浴を済ませていた。「もしもし、大智? どうしたの?」『里桜、遅い時間にゴメンな。今、話してて大丈夫か? マズかったら明日会社ででもいいけど』「ううん、大丈夫だよ。あの人、いまお風呂に入ってるから」 ……あれ、この感じってなんかいかにもな不倫っぽくていいんじゃない? 夫がいつ戻ってくるかっていうスリルがたまらない!『そっか。じゃあ用件だけ手短に話す。――飯島さんとさっそく連絡取れたから、お前ん家の借金について調べてくれるように頼んだよ。時間かかるかもしれねぇけど
お昼休みはまだ少しある。ということは、もう少し大智と二人きりでいられるということだ。 少し遠回りして会社に戻ろうか、と彼が言うので、あたしは喜び頷いた。 人気の少ない裏路地を通りかかると、不意に彼が「里桜」とあたしを呼び止める。