Mag-log in藤木里桜・二十五歳。彼女は輸入食品を扱う会社の社長令嬢だったが、会社の経営悪化で多額の借金を抱えてしまった父親を救うため、借金を肩代わりしてくれた大企業の御曹司と愛のない結婚をさせられた。 自分を家の中に閉じ込めたがる夫・正樹との息のつまりそうな毎日に、里桜はウンザリしていた。 そんな里桜はある日、パートの帰りに大学時代の恋人・大沢大智とばったり再会。彼のことが今も忘れられない里桜は、彼が起業したITベンチャー企業の仕事を手伝うことに。 大智と過ごす新しい日々の中で、里桜は生活に潤いを取り戻していくが、正樹が出張中のある日の夜、里桜は「いけないことだ」と分かっていながら大智と一線を越えてしまい……。
view more「……そうだ。この子の名前、考えてやらねえとな」「名前ならもう決めてあるよ。自由の〝由〟に〝羽〟で〝由羽〟」「由羽?」「うん。この子にはあたし以上に、自分の人生を自由に羽ばたいていってほしいから、その願いを込めたの」 間違ってもあたしみたいに、好きになった人の手を離さないように。周りの環境に振り回されないように、自由な人生を歩んでいってほしい。 子供の名前は、親がいちばん最初に贈るプレゼントだ。あたしがこの子に贈りたいのはその願いだけ。「……うん、いい名前じゃん。里桜とおんなじくらい、いい名前」 よかった、大智も気に入ってくれたみたいだ。あたしの名前を決めた時の父も、きっとこんな気持ちだったんだろうな。「でしょ? 由羽、ママですよー。これからよろしくね」「由羽、パパだぞー。生まれてきてくれてありがとな。――里桜、頑張って産んでくれてありがとう」「ううん。大智こそ、あたしに由羽を授けてくれて、あたしを幸せにしてくれてありがと。愛してるよ」「うん、オレも里桜のこと愛してる」 これからどんなことも三人で……ううん、まだ増えるかもしれないけれど、遠回りした分うんと幸せを積み重ねていこう。 だってあたしはもう、籠の中の鳥なんかじゃない。自由に羽ばたいていける。大好きな人の|
* * * * ――それから二ヶ月後。すでに大沢姓になり、お腹も大きくなって胎動が分かるようになってきたあたしに、思いがけないある朗報が舞い込んできた。 この頃、〈Oプランニング〉ではルナちゃんがリーダーとなって、新たな事業としてアプリを配信することになり、あたしもそれに携わっていたのだけれど。「…………ん!? 出版社からメール……、何だろ?」 オフィスで仕事中、あたしのスマホに届いたのは「あなたが投稿サイトに連載していた小説を、ぜひ当出版社で書籍化したい」という知らせだった。 趣味程度に投稿していたあのTL小説はすでに完結していて、さて次はどんなのを書こうかと構想を練っているところだった。「……ねえ大智、これ、あんたが何か関係してる?」 今日は社員たちのワークスペースで仕事をしていた夫(!)に、あたしは訊ねてみる。 あたしや〈田澤フーズ〉の経営権を取り戻していた両親にはそんな繋がりなんてあるわけがない。でも、顔の広い大智になら……。 でも、彼は「いや?」と首を横に振った。「オレにも出版社とのコネなんかねえよ。つうかオレじゃなくて、飯島さんじゃね?」「ああ~……、あり得る」 あたしと大智の大学の先輩である飯島弁護士は主に企業法務を担っていて、顧問を務めている企業も数多い。その中には出版社が含まれていても不思議じゃないかも。
「――里桜、元ダンナに言いたいこと全部言ってスッキリしたか?」 汐留のマンションに帰るクルマの中で、運転席の大智に訊ねられた助手席のあたしは「うん」と大きく頷いた。「今思えば、ウチの親子三人、何であんな人たちにヘコヘコ気を遣ってたんだろうって。ほんとバカみたい。あー、スッキリしたぁ!」 借金苦からも、藤木家との柵からも解放されて、あたしはやっと自由と本当の幸せを手に入れることができた。 これからは大智と、生まれてくるこの子と一緒に自分の人生を生きていけるのだ。「すぐには正式に籍を入れられるわけじゃないけど、とりあえずもう、あたしたちは〝夫婦〟ってことでいいよね? 大智」「ああ。……あ、そうだ。里桜、オレのバッグの中見てみ?」 ちょうど信号待ちに引っかかったタイミングで、大智はあたしが預かっている斜めがけバッグへ顎をしゃくった。「……? うん」 何が入っているのかと首を傾げながらファスナーを開け、中を探ってみると、ラッピングされた小さな箱が手に触れた。「大智……、これって」「里桜、二十六歳の誕生日おめでとう」「…………え、そっち?」 あたしは思いっきりツッコんでしまった。 確かに今日はあたしの二十六回目の誕生日だし、彼がちゃんとプレゼントを用意してくれていたのは嬉しい。嬉しい……けど、この箱の形状はどう考えたっ
* * * * ――翌日は朝食を済ませてから、あたしと大智は彼のクルマで赤坂のマンションへ行った。 「……う~ん、住んでた時は立派なマンションだと思ってたけど。いざ離れてみたら大したことなかったんだなぁ、ここって」 住人でなくなった今、訪問者の目で見た感想はそんなものだ。少し大きいだけでごくありふれたオートロック付きのマンション。それを立派だと思っていたのは、少なからず藤木家の権威を感じていたからかもしれない。「確かに、ウチのマンションとそんなに変わんねえよな。住み心地はどうよ、里桜?」「もちろん、今大智と一緒に暮らしてるあのマンションの方が断然いいよ。やっぱり、好きな人と一緒っていうのが強みかな。もちろん、間取り的にもそうなんだけどね」「だろうだろう。今オレの仕事部屋にしてるあの部屋もな、いずれは片付けてちゃんと使えるようにするつもりだから。将来的に子供部屋とか」 大智はあたしのお腹に目を遣りながら言う。〝子供部屋〟とかサラリと言えてしまうところに、あたしや生まれてくるこの子との将来を真剣に考えてくれているんだなぁと嬉しくなる。 ――持っていたカギでオートロックを抜け、最上階までエレベーターで上がり、ペントハウスにあたる元住まいのドアノブを回してみると。「……開いてる。あの人、いるみたい」「インターフォン、鳴らしてみるか?」「いいよもう。開いてるなら入っちゃおう?」 ただ置いてある荷物を引き取りに来ただけだし、別にコソコソする必要もない。堂々と上が
――オフィスへ戻ると、あたしは仲間たちの目を憚って大智と繋いでいた手を解き、二人で社長室に入った。 サポートデスクの椅子に座ると、まずはコスメのポーチを取り出し、大智のいる前でコンパクトを開いて口紅を直す。彼とのキスを隠すように。 午後からも午前と同じような仕事をこなしつつ、午後から出勤してきたメンバーを大智に紹介してもらった。 この会社のスタッフは正社員ばかりかと思っていたら、学生のアルバイトスタッフも何人かいるらしい。でも、みんなあたしよりパソコンやタブレットをバリバリ使いこなしていて、何だか置いてけぼりを食らったような気持ちになる。若いっていいなぁ……。二十代前半と後半じゃ、ど
「――はい、みなさん注目ー! 今日からこの会社で一緒に働いてくれる、新しい仲間を紹介しまーす。藤木里桜さんです」 ミーティングルームの一番前に立つよう言われたあたしは、大智に転校生のような紹介をされた。「えっと……藤木里桜です。旧姓は田澤で、指輪は外してますけど一応既婚者です。よろしくお願いします」 あたしがペコッと頭を下げると、平均年齢が低そうな――多分みなさん、あたしや大智と年齢変わらないんじゃないかな、くらいのスタッフのみなさんが盛大な拍手で迎えてくれた。あ、よく見たら四十代くらいの男性もいた。多分、大智が他の会社から引き抜いてきた人だろう。 この会社
「まぁ大丈夫だろ。自由だから、逆にカジュアルじゃないとダメだってこともないしな」「あ、そっか」 さりげなくフォローしてくれた彼に、あたしはホッと胸を撫で下ろした。 ふと、左手の薬指に指輪をしたままで来たことに気がつく。大智に気を遣わせないように、外して来るつもりだったのに……。 あたしは指輪を抜き取り、コスメの入ったポーチに滑り込ませた。「指輪……、外さなくていいんじゃねぇの? お前が既婚者だって、みんなには伝えてあるけど」「いいの。この指輪は大事なものでも何でもないもん。あの人と別れる時に突っ返すんだから。大智からもらった指輪なら絶対に外さないけど」「そっか。そりゃ嬉しいねぇ
「ああ、引き留めてゴメン。……里桜、いい返事期待してるから」 彼の会社に入ること、彼の側にまた戻れること。……あたしには何の躊躇もなくなっていた。「うん」「――支払いはオレがしとく」 大智がそう言うので、あたしは彼の厚意に素直に甘えることにした。 カフェを出ると、普段からよく買い物をしている高級スーパーで夕食の材料を買い込み、急いでマンションに帰った。〝マンション〟とはいっても、あたしと正樹さんの夫婦が住んでいるのは三十五階建て・オートロック付きの超高層マンション。ちなみに賃貸ではなく、藤木グループの持ち物である。 スーパーの店内で